Monthly Archives: 3月 2014

You are browsing the site archives by month.

長男合宿

この3連休、長男は部活の合宿。
うわぁ~またまたお金かかるわあと思っていたら
合宿はなんと、学校の部室の2階に畳の部屋があって、
そこでやるんだと。
お布団レンタル、とりあえずお風呂もついてるらしい。
同じ高校の同じ部活先輩のsasa弟の時代にもあってたらしい。

とはいえ、食事代その他で結局5,000円もたせました。
朝から晩までいて、ずっと部活するわけないやん!
と思うけど、とりあえず、午前練習、午後練習、夜は球技をするらしい。
球技ってそれ、ただの遊びじゃん!

でも、こんなに運動苦手のsasaの子が
足が速くてスポーツ大好きなんて有難いことです。
次男は今は剣道やってるものの、
やっぱり性に合わないらしく、
高校では文化部にするなんて言ってるからね。

それにしても、平日はなんとか帰ってくるけど、
どんどん離れていきますなあ。
大学についても、ちゃんと考えてやらないとと思っています。
ローン借りてでも、子供の行きたいところにいかせてやる、
なんて声も聞くし、でも次男もいることだし、
どこまで無理がきくものか…。

でも、実は、子育ってもう先がみえてきたんだよなあ。
大学で家を出るとすると、あと2年じゃないか。

通知表

長男、高校の終業式でした。
高校の通知表というのは、1学期2学期はテストを含め、
総合評価を100点満点で表していて、
その1年分の総評が3学期だけ5段階評価でつきます。

長男が嬉しそうに持ってきたので
(正直、sasaは今日通知表もらうことさえ忘れてた)
何かなあと思うと、見事な成績。

だよねえ。
小学校も中学校もこれだけ結果残してなんで?
という評価ばかりもらってきました
確かに提出物とか、先生側には厳密な評価基準があって
長男の場合はそれを満たしてなかったんだろうけど、
テストで点取るのだって、努力した上でのものなのに…
と合点がいかぬままに過ぎてきた。

中間・期末100点とっても「3」しかもらえなかった子もいる
なんて、塾の先生が話してたから、
まあ志望校さえ受験できるレベルであればいいかなあと思っていた。

でも、高校は実力主義なのね♪
点数取れば、ちゃんと評価してもらえます。
そして、長男、だんだんとわかってきたのか、
宿題やノートなど、きっちり緻密にやってて
頭の中が整理されているのがよくわかる。

体育が「4」だったので、「なんで?」と聞くと
「ラグビーがあったもん」。
納得。そもそも球技が苦手なうえに、その細身でラグビーは無理だ。

今年の長男の高校の3年生は
超難関大学への合格数がすごいことになっているらしい。
先生方の鍛え方が素晴らしいのでしょう。

弁当の日

20140320-065958.jpg
日常はふつうに流れていて、
先日は中学校恒例の「弁当の日」。
年に数回のことだけど、
食育なんだろうけど、
これ、親にとっては結構な負担です。

マンションママと前日に話してたら
「夕食のトンカツ入れる」とか「さっき唐揚げ作ったよ」とかで、
「子どもに作らせる余裕ないよ~!」
二人とも、当日は下の子の小学校の卒業式もあって
朝、悠長に弁当につきあってる場合じゃなかったの。

sasaも次男に、卵焼き、インゲンの胡麻和え、唐揚げ
を作らせたものの、
メニュー決めから下味つけとか段取りとって指示出すのは
結局sasaだし、出勤前にはかなり負担です。

女の子で、自分でチャチャっと作ってくれるならいいけど、
現実としては、食育というより、親の仕事が増えるばかり。
世間では「いい取組だあ」ってことになってるけど、
なんだかなあという感じです。

お気遣い

皆様、お気遣いいただきありがとうございます。
おかげさまで、ちゃんと食べ、ちゃんと寝て、体調は維持しています。
一緒に住んでいたわけではないので、
自宅にいる分には違いもありません。
その意味では、母親の方が寂しいでしょうね。

近所の方が、ご主人の入院中に通った道を
ずっと通ることができなかった、最近やっと通れるのよ
と言われてました。
sasaも病院方面の道を思い浮かべると
ドンヨリします。

でも、sasa自身は、以前の日常生活に戻ってますので大丈夫ですよ。

takiちゃん、物入りな時に綺麗なお菓子と可愛いハンカチありがとう。
お心遣い、痛み入ります。
今年の桜は見ることができなかった父にもお供えしますね。
20140318-211016.jpg

再開

3月9日に父が亡くなりました。
3月7日が誕生日で79歳になってすぐでした。

1月18日に呼吸困難になって救急車で運ばれ、
当初は肺炎という診断だったのですが、
その原因はというと、肺の入り口にできた肺がんでした。
ここ数年はやめていたものの、ずっとタバコを吸っていたので、
肺気腫になっており、片方の肺だけでは持ちこたえることができませんでした。

酸素が低下して、まるでドラマのように医療スタッフが集まって心臓マッサージをしたり、
ちょっと安定すると、家に帰ると言い張ったり
緩和病棟に移ったり、
嵐のような2か月でした。

最期は、遠方の弟はいなかったものの、
母と姉妹と一緒に看取ることができて、
ひとりぼっちで逝かせることはなかったのが、
残されたものにとっては自己満足だけど、救いです。

で、そんな中でも、現実には、
お腹も空くし、洗濯物は出るし、お風呂も入るし、
相変わらず日常は続くのです。
申し訳ない気もしながら、でもこれが現実。

そして、葬儀も、その後の残務も、知らない世界を
右往左往しながら進んでいる状況です。